グルカ兵の歴史

“この世で最も勇敢かつ寛大で、忠義に篤い友に捧ぐ”

サー・ラルフ・ターナーMC,

アレクサンドラ女王 第3グルカ ライフル連隊,1931年

なぜグルカ兵が優秀な警備員になれるのか、お知りになりたいですか


現在、グルカ兵は、丁重、忠実、勇敢と知られています。日常生活では穏やかですが、戦場では恐れを知らず、頑強で、品位のある理想的な兵士、警備員です。


グルカ兵の略歴と気風


グルカ兵は、英国との長く、不動で、顕著な つながりを持っています。彼らが初めに英国軍と対戦したのはグルカ戦争(1814-1816年)でした。その戦いは膠着状態になり、両国間の互いに対する変わらぬ敬意と称賛の気持ちを生むものとなりました。


第87歩兵連隊の1人の兵士は回顧してこう書きました。「私は人生でこれ以上の堅実さ、勇敢さを見たことがない。仲間が倒れていき、死に面した状況でも彼らは恐れていないように見えた。」

  
平和条約により戦争が終わり、グルカ兵は東インド会社軍の傭兵となりました。東インド会社として初めて戦ったのは、1817年のピンダリ戦争の時でした。

  
グルカ兵は1857年インド大反乱の際に英国側として戦い、戦後は英印軍の一部になりました。

デリーでの戦務功績を認められ、第2グルカ ライフル連隊は、女王の王笏を運ぶ権限と、魔力を持つと信じられている独特な紋章を授与しました。今日に至るまで、王室グルカ連隊に入隊する際は、王笏のもと、王冠と連隊への忠誠を誓います。

  
1857年から1947年まで、グルカ連隊は、ビルマ、アフガニスタン、インドの北東、北西国境、マルタ(露土戦争1877-78年)、キプロス、マレー半島、中国(義和団の乱1900年)、チベット、第一次、第二次世界大戦で活躍しました。彼らは全ての大きな戦いにおいて戦い続けました。

19世紀に英国はグルカ兵を「好戦的民族」と宣言しました。この語は、生まれつき好戦的、戦いに意欲的、勇敢で忠誠心を持ち、誇り高く、強健で、回復力があり、規律正しく、長時間 仕事に励み、粘り強く戦い、軍事力を持つ人々であるという意味です。

グルカ兵はククリナイフを持つことで有名です。これは、ネパール国民の武器であり、また丘陵地での作業道具としても使われます。どのグルカ兵も1人2つのククリナイフを携帯しており、1つは日常生活用、もう1つは儀式用です。彼らの突撃の合図「アヨ ゴルカリ」は有名で、「グルカ兵ここにあり」という意味であり、「臆病者として生きるより死んだ方がいい」という彼らのモットーを表しています。